名も知らない雑草のなかで、
名も知らない虫たちが鳴いている。

今はもう、この廃ホテルは彼らのもので、
僕は名も知らない部外者だ。

たとえば都会で喧噪を作り上げている蝉の親戚も、
ここにはいるんだろう。
でも不思議と五月蠅くはなく、
すべてが当たり前に思えた。
自分が部外者であることが、
どこまでも心地よく清々しかった。



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僕にとって健康の象徴だった母が、みるみる細くなり、
老衰を早回ししたように人として弱っていき、
そして死んだ。

母の病気の発覚と同じくして、
僕も学校へ行けなくなった。
周りへは母の容態とは無関係だと言い張っていた。
特に嫌なことはなかった。
プールから届く塩素の匂いも、
落ち葉が窓を打つ音も、
一人目だけに許された、
霜の降りたグラウンドを踏みしめる感触も、
ちゃんと好きだった。

友達も先生も家族もすべて間違いなく恵まれているのに、
普通のことができない自分が嫌いになった。



それから、押し流されるように時間は過ぎていった。
結局、世界はどうにもならなくて、
自分が変わった方がよっぽど建設的で、
「健全」なことだと、
知ったときに人は大人になる。

僕も無事、大人になった。母の死と同時に。



やっと大人になった僕は、それなりの企業に入った。
唯一、向いていると思えた会社だった。
繰り返す日々と増していくプレッシャーにも、
なんとか応えられる気がしていた。
これでいい、自分はやりたいことをやっているのだと、
肯定を続けようとした。その方が健全だと思った。

結論として、折り合いはつかなかった。
乗り越えてきたように思っていたけど、
あのときから、何も変わってはいなかった。


僕は大人の成りそこないだった。


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居場所を自分で作ると決めたのは、それからだった。
うまく大人になれなかった人間は、
生き場所を作って、はじめて何者かになれるのだ。

一度息を吐ききって、それから辞表を書いて、
その足でここへやってきた。
どうにもならない世界を見るために。

世界はどうにもならず、どうしようもなくて、
だからこそ美しかった。



さあ、音楽を作ろう。